学術書の編集者

橘宗吾
学術書の編集者
慶應義塾出版会、2016年、198+7頁。

 


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はじめに
序章      学術書とは何か
第1章    編集とは何か――挑発=媒介と専門知の協同化
第2章    企画とは何か――一つのケーススタディから
第3章    審査とは何か――企画・原稿の「審査」をどう考えるか
第4章    助成とは何か――出版助成の効用と心得
第5章    地方とは何か――学術書の「地産地消」?
付録     インタヴュー「学問のおもしろさを読者へ」(聞き手:山田秀樹


あとがき
初出一覧
参考文献

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 日本の学術出版を牽引する辣腕の編集者、橘宗吾は、名古屋大学出版会にあって、現在は編集責任者や専務理事としてこの出版社の作品群に一つの統一を与えている人物と言えるだろう。うちの本棚にも、直接間接のコミットメントの下で生み出された作品が並んでいる。昨年出たこの著書は、一方に出版を取り巻く情況があり、一方で専門家と社会との関係性という問題を前にして、編集者の仕事を見つめ返した著作である。出ると聞いた時から読みたかったのだけど、ようやく。

 本論の各章は過去の講演をもとにしている。序章や第1章にまとまって橘の哲学が示されており、第2章や第3章でさらに展開される。それは長年の編集者としての仕事に基づくものである。閉鎖的な意味での専門家には含まれないが全くの無関係ではない半専門家としての編集者は、複数の分野を仕事に抱えることで専門分野以外に明るくない専門家に他分野からの視座をぶつけることができる。これは著者の仕事に対して刺激を与え波紋を呼び起こす挑発であり、専門家・専門分野の協同化を促す動力となる。また、編集者は、社会一般の専門知への視座からも制作過程にある書物に対して真っ先に反応を返すことができる。こうして専門家と読者としての社会を媒介し、専門知のリーチ範囲を拡大することができる。橘が重視するのは、自分自身で読み自分なりのフィードバックをもたらすことであり、著者との相互的作業によって、断片的な知から成る論文の寄せ集めではない一つの作品たる書籍の誕生が目指される。こうして内容を確かなものとすることは、質の面で書籍の「信頼性」を担保し、時には創出さえすることにつながるのである。言ってしまえば、自社の経営面も考慮に入れたうえでの一種のブランド化であるけれど、出版社の名を上げるということ以上の、学術界や作品や作者や読者に対する社会的使命の自覚・自負があると感じる。

 第2章では『漢文脈の近代――清末=明治の文学圏』(名古屋大学出版会、2005)の製作を例にこのような思想の実践を見ることができて面白かった。第3章は「査読」(ピア・レヴュー)だけでないさまざまな「審査」のあり方から専門家と編集の関係を考察するもの。第4章や第5章は、具体的紹介はしないけれど、さらに出版の経済的側面との関係まで視野に入れながら語られているように思う。インタヴューは結論・まとめに代えて、論点を通観している。全体的に語り口は(元が講演であるからか)柔らかいけれど、それでも虎視眈々というか、手抜きのない仕事人の姿が浮かび上がってきて面白かった。

 グーテンベルク以来の書物の製作において編集者という仕事が持った重要性は、深井智朗先生が授業で強調していたことを思い出す。
深井智朗『思想としての編集者――現代ドイツ・プロテスタンティズムと出版史』(新教出版社、2011)。

思想としての編集者|新教出版社

 書物を介する学問・思想の歴史をハード面から見たとき出版という領域に備わる一側面であり、他の分野でもまだまだ突っ込んで深められるテーマであるように思う。